入我我入

今日は久しぶりに密教ネタです。

密教は今風に言えば、ヴィジュアライゼーションの仏教です。

お経を読むより、ヴィジュアライゼーションが中心。

 

密教の行法は初めから終わりまで、観想という名のヴィジュアライゼーションが中心です。

そして仏様と自分が一体になるというヴィジュアライゼーションが、クライマックスです。

今日はそのあたりをお話いたします。

 

仏様と自分が一体になる、というヴィジュアライゼーションを入我我入観(にゅうががにゅうかん)といい、密教のゴールを達成した即身成仏の境地を「入我我入」と言います。

 

さて、実際にどのようにヴィジュアライゼーションするのかと言いますと、まず道場観から始まります。

道場観は器界観(きかいかん)ともいい、仏様と生きとし生けるものの住んでいるこの宇宙(世界、器の世界)をヴィジュアライゼーションします。

 

これは古代のインドの世界観に基づいています。

世界の中心にまず巨大な亀さんがおり、その上に須弥山(シュメール山、エベレストか?)が乗っているとイメージします。

実際はさらに、非常に細かいところまでイメージするのですが、大雑把に言ってこんな感じです。

 

次に須弥山の上に道場をイメージします。

道場の中に仏様のシンボルである、梵字をイメージします。(カラーです)

その梵字がグニャグニャと変容し、三摩耶形(シンボル)になります。

さらにその三摩耶形が仏様へと変わります。

 

これらは本尊によって全て違い、事細かく決められています。

自分の眼前にありありと仏様のイメージを描いたら、次に入我我入観です。

自分と仏様が一体になる、と強くイメージするのです。

 

仏様の手が6本あるなら、自分自身も当然手が6本あり、その手にそれぞれ持ち物を持っているはず。

手に持っているものも全て仏教の教えのシンボルです。

シンボル一つ一つの意味するものも併せてイメージしなければなりません。

 

さて、密教の観想(ヴィジュアライゼーション)はいかがだったでしょうか?

実際にはこの後、字輪観というイメージを描いたり、マントラ(呪文)を唱えたりします。

マントラを唱えるときももちろん、ヴィジュアライゼーションを伴っています。

密教はヴィジュアライゼーションの仏教であるという意味が、おわかりいただけるのではないかと思います。

 

これがコーチングと何の関係があるのか、ですって?

ヴィジュアライゼーションのやり方が参考になるのではないか、と私は思います。

ゴールを達成するためには、すでにゴールを達成した自分にならなければなりません。

セルフイメージの書き換え、つまり入我我入です。

 

そのイメージを描く手順が、参考になりそうなのです。

道場観は仏様のいらっしゃる世界をイメージしますね。

同様にゴールを達成した未来の自分の周りの世界からイメージすることが必要なのです。

 

どんな場所にいるのか?

どんな姿をしていて、どんな姿勢なのか?

周りにいる人はどんな様子なのでしょう?

自分自身は周囲の人に対して、どのような態度で、何を話しているのでしょう?

 

周辺の世界から自分自身の姿へと、ヴィジュアライゼーションを絞り込んでいくと、漏れなく詳細なイメージが描きやすいのではないでしょうか?

 

ゴールを達成した時の達成感や喜びも、しっかりと感じましょう。

密教では三密と言って、身体、言葉、イメージをゴール(仏様)の世界にふさわしいものに変えます。

当然ふさわしい情動がマインドに溢れてくるはず。

仏様の情動はやはり、慈悲なのでしょうね。

 

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