私は見た

そんなはず無いやろ!

というツッコミをいただく覚悟で、敢えて申し上げます。

 

今日、淀川の支流である小さな川でカワウソが泳いでいるのを目撃しました。

大阪市内の某地点です。

 

何気なく川の流れを見ながら歩いていると、下流に向かって泳いでいる動物がいます。

頭部と背部が水面から出ており、顔や尻尾は水中で見えませんでした。

色は黒またはこげ茶です。

 

その様子は水中の獲物を探しながら泳いでいるかのように見えました。

「カワウソや。珍しいな。」

 

帰宅して家族に話すと、そんなはず無いで、日本カワウソはもう絶滅しているんやで、と非難轟々です。

イタチが泳いでいるのを見間違えたんと違うの?

 

実は私、野生のイタチも二度ほど目撃しています。

それだけでなく、野生のタヌキも見たことがあります。

 

たしかにカワウソもイタチ科ですから、似ていることも承知しています。

しかし、あれはイタチではなくカワウソだったのです。

 

カワウソを見たと言えば言うほど、家族は冷ややかな反応になっていき、誰かが飼っていたペットが逃げ出したのかも、という折衷案?で落ち着きました。

 

人間の脳は未だかつて見たことがないものを認識することはできません。

脳内にイメージがなければ、認識した対象を特定することができないのですね。

仮に全く未知の生物に出会ったとしても、自分が知っている生き物だと思い込もうとしたりすることもあります。

 

さらに、野生のカワウソは滅亡したという思い込みがあると、実際に見たと言う人が現れても何かの見間違いだと決めつけようとする心理が働きます。

「そんなはずは無い」という言葉とともに。

 

こんな場合、どのような態度が正しいのでしょうか?

思うに、一時保留するという態度がベストではないでしょうか。

 

私はカワウソを見た、と言い張ります。

それを鵜呑みにすると、万が一私の勘違いだったら、間違いを正しいと思ってしまうでしょう。

逆に頭から否定してしまうと、強烈なスコトーマ(心理的盲点)を生み出してしまう恐れがあります。

 

カワウソが泳いでいるのを目撃したと主張する人がいた、と受け取るのが正確かつ、スコトーマを生み出す恐れのない態度だと思います。

 

人それぞれ信じていることがその人にとっての真実である、ということもマインド(脳と心)の仕組みを知れば当然だと思えます。

カワウソが絶滅したと思い込めば本当に目の前で泳いでいても、他の動物だと思うかも知れないのですから。

 

いや、本当なんです。

カワウソが泳いでいたんです。

 

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