ひとつにしなさい

子供の頃お菓子を買いに行き、あれもこれも買おうとすると、決まって母が言いました。

「どれか、ひとつにしなさい」

幼い頃はまだ反抗することを知りませんから、素直にお菓子ひとつで我慢しました。

 

後年、我が子を連れて買い物に出かけた時、このことを思い出しました。

きっとお菓子を食べ過ぎて虫歯になったら困るとか、あるいは経済的な理由で「ひとつにしなさい」といったんだろうと、大人の立場で共感した覚えがあります。

 

確かに共感はしましたが、私のとった行動は違いました。

欲しいものはなんでも買ってあげたのです。

 

子煩悩だから?

それもあります。

 

私が考えたのは、幼い子供の欲求を押さえつけるのは良くない、ということと、子供達が自分の本当の欲求を知るためにも、無駄遣いの経験をさせてあげたかったのです。

幼い頃の無駄遣いは、本当にわずかな金額ですみますが、大人の無駄遣いは洒落になりませんから。

 

面白いもので、長男は結構いろんなものを欲しがりましたが、後の二人はあまり欲しがりませんでした。

幼い時に欲求を頭から押さえつけると、その反発で欲しくないものまで欲しいと錯覚することがありますが、欲求を押さえつけたことがない分、ストレートに自分の欲求を感じられるように育ったように思います。

 

今では三人とも結構倹約家なんですよ。

 

幼い頃の母の「ひとつにしなさい」は、私のマインドに夢や目標は「ひとつにしなさい」というメッセージになっていたように感じます。

あれもこれも欲しいと思うと罪悪感が湧いてくるから、きっとそうに違いありません。

 

で、成人してから無駄遣いに走ったことがあります。

きっと幼い頃の反発なんだろうなぁ、と自分で思いました。

 

ゴールは人生の各方面に満遍なく設定することが望ましいのですが、ここで躊躇する方は、もしかすると私と同じような経験をされているかもしれませんね。

 

素直に自らの欲求が感じられないのは、幼い頃の親御さんの、善意ではあるがマインドの仕組みを知らないが故のメッセージの影響かもしれません。

 

無意識のうちに「ひとつしか選んではいけない」というセルフトークをしていませんか?

本当はそんなことはありません。

安心してできるだけたくさんのゴールを設定してください。

 

「ひとつだけ」には、何の根拠もないのですから。

 

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