Accountability

最近耳にした会話。

この子はお祖父さんに似て、頭が良い。

私は父親に似て、鈍臭い。

戌年生まれは〇〇なんだって。

だから私は〇〇なのよ。

よくある日常会話のひとコマだと思いますが、私が気になったのは「私が鈍臭いのは、父親のせい。」、「私が〇〇なのは、戌年生まれだから」というところ。

つまり、問題を何か自分以外のせいにして、責任を転嫁していると思われるところですね。

普段耳にする会話で特に多いと感じるのが、よくないことを生まれ年や遺伝のせいにしていることでしょうか。

この他にも運が悪い、方角が悪いなんていうことを聞くこともあります。

私が思うに、よくないことを何かのせいにする人は、自分自身の責任ということがスコトーマ(心理的盲点)になっているのではないでしょうか。

こういう考えが習慣になってしまうと、自分の力で何かを成し遂げることが難しくなってしまうということは、皆様もお気づきだと思います。

もちろん災害や犯罪の被害に遭うことなど、本人の責任とはまったく関係のない出来事もありますし、そういったことが自分や身近に起きることもあります。

しかし、その場合でも自分には何かができると考えるのと、無力な被害者だと考えるのでは、対応する力に大きな差が出るはずです。

コーチングでは、自分のゴール達成能力の自己評価をエフィカシーと呼んでいますが、自分自身の責任意識がなければ、このエフィカシーが高まることはありません。

もちろん自尊心においても、同じことが言えるわけです。

自分がどのような人間であるかという無意識にある評価を、自己イメージと言いますが、自己責任意識が乏しいと、無力で何もできない自分というイメージが出来上がってしまいます。

普段、どのような言葉を発するのかを規定するのが自己イメージですから、最初にあげたような会話を聞けば、その人のエフィカシーや自尊心が、そこからうかがわれるのです。

“すべての意義ある重要な変化は、内面から始まり外へと広がっていく。”

これはコーチングの重要なプリンシプルですが、私たちの使う言葉によって内面、つまり自己イメージが形成されていくことを考えると、どのようにすれば自分の望む変化を引き起こすことができるのかが見えてくることでしょう。

“Accountability ”は昨今、日本では説明責任と訳されることが多いようですが、主な意味は、「責任(のあること)」です。

この“Accountability ”の語源について、コーチングの祖ルー・タイスはその著書「望めば、叶う」で、大要次のように述べています。

“責任(Accoutabity)というのは、「立ち上がって、員数に数えられる」という意味の古いローマの言葉からきている。(中略)人生で立ち上がり、自分も一人前として数えてもらう。”

そしてたまたま起こったできごとに対しても、自分が果たすことができたかもしれない役割について考えてはどうかと、問いかけています。

“Accountability(自己責任意識) ”は自己評価に直結するとともに、コーチング実践の第一歩と言えるかもしれませんね。

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