弥生時代

今日、ようやく弥生文化博物館に行くことができました。

以前から一度訪れたいと思っていたのですが、なかなか時間が取れなかったのです。

大阪に「池上曽根遺跡」という、我が国屈指の弥生遺跡があります。

その遺跡の発掘物を中心に、弥生時代の遺物を展示している博物館。

期間的に常設展示のみの観覧でしたが、とても興味深い展示物でした。

中でもすごいと思ったのは、井戸の遺跡。

1995年、曽根集落の中心部で発掘されたこの井戸、直径2.3mのクスノキの大木をくり抜いて作られていたんです。

井戸の底からおよそ1mの高さまでの部分が残っており、発掘当時もこんこんと水が湧き出ていたそうな。

くり抜き井戸としては我が国最大だそうです。

発掘当時の写真とレプリカが展示されていました。

大人四人がやっと手をつなげるほどの太さの大木。

すごい迫力です。

弥生時代にはこんな大木が、周辺にたくさん繁っていたのでしょうか。

大木をくり抜いた内部には斧の傷跡が残っていたそうで、その労力が偲ばれます。

弥生時代のイメージが塗り替えられるほど、この遺跡の発掘物は衝撃的なものだったようです。

それからもう一つ印象深かったのが、上の写真の太刀。

内反りの太刀です。

奈良の東大寺山古墳から出土した太刀のレプリカですが、「中平」年代という漢の年号に制作されたという銘が刻印されており、これは我が国では弥生時代にあたります。

弥生時代に作られた剣が、古墳から見つかったというのもちょっと不思議。

さらに内反りの素環頭太刀は、石上神宮の御神体である「布都御魂剣」と同じ形状です。

古墳時代の剣は直刀が普通なので、内反りの剣は弥生時代の遺物なのかもしれません。

さて、博物館の展示品の一つ一つに簡単な説明が書かれているのですが、たいていは現代の人の、このように使ったのだろうという推測で書かれています。

又最近の遺伝子研究で、縄文人と弥生人の人種的な入れ替えはないとはっきりしているのに、弥生人は渡来人であるかのような説明がされていたり、チグハグな感じがしました。

弥生時代の研究は急速に進んでいるので、表示の更新が追いつかないのかもしれません。

私は素人ながら思うのは、歴史学や考古学の専門家はもう少し幅広い知識を持って古代を推測した方がいいのではないかと。

古武道の知識があれば、もっと古代の武器の使い方について幅広く推測できるでしょうし、神道の知識があれば、古代の祭祀についても違った解釈ができるのに、と残念に思ってしまいます。

これは古事記の作者にも言えることで、八岐大蛇退治や国譲り神話における武甕雷と建御名方の戦闘シーン、神武東征における戦い方などを読むと、武術を知らない人間が古事記を書いたということがわかってしまいます。

武人がそんな戦い方はしないということが武術の常識からすれば、一目瞭然なのです。

ですから考古学や歴史学だけでなく、地政学や兵法などの軍事学、古武道や神道、さらには修験道のような民間宗教などの知識を動員した方が、よりリアルに古代のイメージが描けるはずなのです。

やはり知識が多い方がより立体的なゲシュタルトを構築することができるのですね。

コーチングのマインドの仕組みや使い方も、考古学や歴史の研究に応用できます。

面白いですね。

梅雨の間は博物館がいいですね。

空調もありますし。

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