葛城に坐す

立秋とは名ばかり、猛暑が続いています。

皆さまいかがお過ごしでしょうか。

私はといえば、猛暑にめげることなく、今日は奈良県へと足を延ばしました。

日傘に帽子にミネラルウォーター、それにミネラル補給のキャンディーを携え、完全武装で、葛城に坐す神社へと赴いたのでした。

せっかくなので、出来るだけたくさんの神社を回ろうと思ったのですが、猛暑のため二件にとどめざるを得ませんでした。

少し残念でしたが、次回以降の楽しみにとっておくことにします。

ということで、今日参拝したのは葛城坐火雷神社、通称笛吹神社と石園坐多久虫玉神社の二社。

葛城坐火雷神社境内案内図↓

御祭神は火雷神と天香具山命。

天香具山命の子孫は尾張氏と笛吹連(ふえふきのむらじ)に分かれ、尾張氏は今の愛知県一帯を開拓した氏族です。

笛吹連は葛城に残り、昔の忍海郡一帯に住んでいたようです。

天香具山命は饒速日命の息子で、別名高倉下(たかくらじ)命とも言い、大和から尾張、岐阜、京丹後を経て越の国、新潟へ赴き弥彦神社に鎮まっておられます。

また天香具山命の兄神であるウマシマジ命は京丹後まで天香具山と行動を共にした後、今の島根県石見地方の物部神社に鎮まられました。

神武天皇の御代のことです。

天香具山命が尾張国で祖神(饒速日命)を祀ったのが、尾張国一宮真清田神社だという伝承があるそうで、そのうち訪れてみたいと思っています。

葛城坐火雷神社のもう一柱の御祭神である火雷神ですが、カグツチと同神だとも言われていますが、本当は饒速日命だと思います。

東大阪の若江鏡神社の御祭神は、「大イカズチの神と称える火明命」だとされています。

つまり火明命の別神名が、イカズチの神であるということ。

私にとってこの神社の伝承は、神さまの暗号を解く貴重なキーワードでした。

京都の上賀茂神社の御祭神、賀茂別雷神も同じ火明命を祀っていると考えれば、京丹後の元伊勢、籠神社の極秘伝とも辻褄が合います。

神社の御祭神は、さまざまな理由で書き換えたり、秘密になっていることが非常に多いのですね。

今回も御朱印をいただきがてら、宮司さまや神主さんに神社の伝承をお聞きしたいと考えていました。

今回お聞きしたかった点は、葛城の旧地名である高尾張邑についてでした。

古事記や先代旧事本紀に、大和(奈良)に高尾張邑があり、そこを支配していた一族が愛知県あたりを開拓し、尾張氏を名乗ったということが記載されているからです。

この高尾張邑は、葛城の山の麓ということだけが記述されているのみで、どのくらいの範囲に存在したのかが不明なのです。

私の家系のルーツが葛城市兵家にあるかもしれないので、余計に葛城には関心があります。

葛城坐火雷神社の禰宜さんらしい若い神主さんにお聞きしたところ、高尾張邑は昔の忍海郡一帯と葛上郡あたりだと思いますとのことで、葛下郡にある兵家とはあまり縁が無いような感じでした。

それで次に目指したのが、葛下郡近くに鎮座する長尾神社です。

長尾神社目指して車を走らせていると、道路沿いに立派な神社が見えてきました。

横目でチラッと看板を見ると、なんと「石園坐多久虫玉神社」ではありませんか?

急遽予定を変更して、多久虫玉神社へと向かったのでした。

フィールドワークは、抽象度を下げた具体的な情報を手に入れる、貴重で重要な手段です。

今回も地図上ではよくわからない、”場“の雰囲気や土地勘のようなものを体感することができました。

石園坐多久虫玉神社については、また明日。

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