知らぬが仏

知らぬが仏。

知ってしまえば悩んだり腹が立ったりするようなことでも、知らなければホトケサマのような穏やかな心で過ごすことができます。

知らぬが仏とか知らぬが花などと申します。

皆様よくご存知のことわざですが、よく知ってはいてもこの通りになってしまうことがよくあります。

私も数多く経験していますが、当たり障りのない例をあげてみます。

私の息子が小学校に入って間もなくのこと。

息子に宿題やってるか?と聞くと、宿題はないという返事。

まだ入ったばかりの一年生だからなぁ、のびのび遊んだらいいわ、と思っていました。

それからしばらくしてから父親の懇談会がありまして、担任の先生に息子さんにきちんと宿題をさせてくださいと叱られたのでした。

あのヤロウ、ダマしたなぁ!

それでのびのびとした子育てから、急に教育パパになったりして。

ホトケサマからオニに変わってしまった訳ですね。

知らぬが仏とはまさにこのことだと、つくづく思った次第。

まぁ息子に関してはこの手のエピソードに事欠かない訳ですが、自分が温厚な人間だというのは、単に自分の気に入らない情報が入ってこなかった(知らななかった)だけに過ぎなかったということです。

人間の心というものは、まるでジェットコースターのようなところがありまして、気に入った情報が入れば舞い上がり、その逆の場合は怒ったり落ち込んだりしてしまうものなんですね。

理想的には、幅広い視野と高い視点を持った上でネガティブなあるいはポジティブな情報を全て把握し、自分の目的やゴールにあった情報に意識を向けていくことができればと思います。

しかしながらすべての情報をあらかじめ把握しておくことは、おそらく不可能でしょう。

ですから一応ポジティブな見通ししか見えなくとも、ネガティブなことが起きる可能性があるということを意識しておくことが必要でしょう。

逆の場合は、より重要です。

ネガティブな見通ししかたたない場合ですね。

つまり夢も希望も全くない、というような状況。

もちろん、私にもそんな状況が何度もありました。

でもやはり、そういった状況を乗り越えることは可能なんですね。

普通の人は経験によってそれを知る訳ですが、マインドの上手な使い方を知っていれば、それを経験する前からヴァーチャルにそれを知ることができるのです。

この差はかなり大きいのではないかと思います。

マインドの仕組みとその上手な使い方(コーチング)を学べば、知らぬが仏ではなく、知っているけどホトケサマ、になることができるかもしれませんね。

関連記事

PAGE TOP